わたしが嫁に行くまでの記録

貞操観念が狂ってる女の婚活と色恋記録

友達が好きだった人

金曜日、ハリーさんと寝た。
彼に会うのは一ヶ月振りで、たしか先々月も会った。

今日はわたしの職場近くの居酒屋で飲んだ。

なんでわざわざそんなところで飲んだかというと、わたしがそこの店のレバ刺しとハツ刺しが大好きだから。
でもって、ハリーさんがレバー嫌いと聞いたので、ここのレバ刺しを食べてもらいたかった。

お酒を注文して、早速レバ刺しとハツ刺しを注文する。
予想よりもとすぐに出てきた。
早速、ハリーさんがレバ刺しを口にした。

「薬味つけすぎた」

一切れ食べた後、彼はそう言って、
少しおいてから、今度はレバ刺しを食べた。

「ああ」

彼は眉間にちょっとシワを寄せて

「レバーだわ」

と言った。

「ダメでしたか?」
わたしががっかりして尋ねると、

「あのね、俺レバー嫌いなわけで、どんなにうまいレバー食べてもこんな感想なの。でもまずいレバーだったら、まずいっていうよ」

よく分からない評価だった。
絶対食べられないってわけじゃないけど、進んで食べるようには見えなかったので、その後のレバ刺しとハツ刺しはわたしが平らげた。

串焼きののレバーは気に入ってくれたみたいで、

「りさちゃん、この店うまいわ」

と言ってくれた。

ハリーさんと一緒にいるのはとても楽だ。

この人と知り合ったのはわたしが23、24歳の時で、
当時高校生だったわたしの友達と、彼は付き合っていたつもりではなかったのだか、わたしの友人は付き合っていると思い込んでいた。

わたしは当時、彼の事が怖かった。
友達が話す彼はドSで冷酷な男の人、という印象しか持たないくらい、
ひどいものだった。
友達は大好きな彼にひどい事を言われてもされても「わたしは絶対別れない!」といつも言っていた。若さだな。
当時はなにかあるとすぐにわたしに電話をしてきた。

一度だけ、三人で飲んだ事があるのだが、やっばりわたしはビビってしまった。
ハリーさんの雰囲気とか目とか、とにかく怖かった。

その当時の印象を伝えると、当時はあの子に厳しくしてたし、りさちゃんに対しても、
あの子の友達っていうフィルターで見てたから、と彼は言った。

だからさ、こうして改めて会ったら、ちゃんとした人なんだなぁってすげぇ思ったよ。
あぁ、大人なんだわって。

彼とこうして飲むようになったのは、何がきっかけだったっけ?

確か、一昨年の冬に突然彼から電話が来たのがきっかけだったと思う。

夜中で、番号を登録してあったから名前が表示されて、一瞬強張った。
ちょっと怖い、と感じていた人からの着信。
緊張しながら通話ボタンを押した。


「りさちゃん?久しぶり」


電話の向こうの彼は、緊張してるわたしとは反対に人懐っこそうな声だった。

「俺りさちゃんのこと思い出してさ」

確かそんな理由だったと思う。
四年振りくらいの彼とのコンタクトだった。

次に電話が来た時は飲む約束をした。
クリスマスの日だったから、わざわざプレゼントをくれた。
ラッシュの石鹸の詰め合わせだった。
ビックリしたがうれしかった。

四年振りに会った彼はずいぶん印象が変わっていた。
あの冷たく、瞳孔開き気味だった目も、電話の時話した人懐っこそうなそれになっていて、意外にしゃべるとよく笑った。

飲み屋に着いて乾杯すると、久しぶりだねとか、今なにしてんの?とか近状報告をした。

「りさちゃんが俺の中の想像より綺麗だったのに驚いた」

彼はまじめな顔でそう言った。
そりゃあそうだろ。
わたしは彼と初めて会った時の自分を思い出した。
わたしは24歳になるまで、髪の毛はショート(女っ気ゼロの髪型だった)で、服装の参考にしていたのは、なぜかSmartとかチョキチョキというメンズ雑誌。プリクラを撮ると知らない人にはきれいな男の子だね~と言われてた。

その頃に比べたら、全然女っぽくなったと思う。



その日は昔の話しと他愛のない話しをしてバイバイしたと思う。

これがきっかけでちょこちょこ飲むようになり、現在に至るわけなんだけど。



「りさちゃん、俺のこと怖い?」

その日飲んでいると、ハリーさんがなんの脈略もなくそう言った。


「全然。どうして?」

わたしが尋ねると彼は携帯を取り出して、メールを見せた。

「俺さ、このメール見てちょっとひっかかったんだよね」

メールの文面はわたしが週の頭に彼に送ったものだった。

「ハリーさん、金曜日空いてますか?例のレバ刺し食べに行きませんか?
もしよかったらなんですけど」

彼は読み上げる。
わたしは彼が言わんとすることがなんとなく想像できた。

「最初の二行は、どちらも俺の予定を伺ってる文面じゃん?だから、最後の文面いらないよね?」

もしよかったらなんですけど。

「最後にこれ系の言葉入れる女ってさ、相手の事怖がってるか、自信がないかのどちらかなんだよ。だから女の子が送るメールとして、この言葉は無くてもいい。むしろ、ない方が好感が持てる」

この人はたまに、この手の話しをしてくる。
そういう話しが好きなのか、わたしのこと心配して言ってくれてるか分からないけど。

ハリーさんは、女好きで女を口説くことが好きで、女を甘やかすことが好きな人だった。

彼とは、色恋の話しもたくさんするし、仕事の話しもするし、
どうしようもくらい下世話ない話しもするし、ありとあらゆる話しをした。

そして、彼は時々、わたしに対してちょっとしたアドバイスを毎回した。

自信を持つことは大事なことだよ。とか、
女はバカなのと、かしこいの、どっちがかわいいかって言ったら、
バカな方だよね。だけど、中途半端が一番駄目なんだよね。とか。
りさちゃんは、ちゃんとしてる感出ちゃってるから、
どっちにも転べないよね。と、その日はそう言っていた。

「りさちゃんに自信がないのは、若い時、男にちやほやされてないからかもしれないね」

そりゃあ、田舎だからですよ。
わたしはものすごく控えめに反論した。

「若さって、それだけで価値だと思ってるし、実際そうなんだけど、そのことにあぐらかいちゃうと、25歳すぎたあたりから苦しくなるんだわ」

ハリーさんはビールを飲みながらそう言った。

「昔さ、あの子…マオとその友達が、くだらない事言っててさ。わたし達は価値が高いからって言ってたのね」

わたしはその話しを聞いて笑ってしまった。
呆れているのではなく、彼女達のその自信は一体何から得られるものなのかと思った。
育った環境だろうか。
一緒につるんでいた友達だろうか。
それとも恋愛だろうか。

「まぁ、高校生だしさ。確かに若くて価値はあるんだろうけど、じゃあお前らから若さ取ったら何が残るんだよって、その時、俺そう言ってさ」

ハリーさんは笑っていなかった。

「ま、みんなドン引きだよね」

わたしは少しだけ、マオとその友達とハリーさんの場面を想像した。

「そうゆう、若い時に年上の男にちやほやされた女はさぁ、早いとこ結婚した方がいいんだ。マオもそうした方がいいと思う。」

マオは、わたしがフリーターをしていた時に知り合った子で、当時高校生だった。

ハリーさんは当時のマオと付き合ってはいなかったものの、することはしてて、その中途半端な状態が、確か五年くらい続いた。

マオは今は、訳あって遠くに働きに出ていて、全然連絡を取っていない。

いや、正確にいうと取れないのだ。

わたしが連絡が取れない事をぼやくと、ハリーさんは、

「それっていてもいなくても一緒ってことじゃない?」
と、意地悪な事を言った。

「別にマオがいなくたって、りさちゃんは幸せな生活を送れている訳でしょ?あの子がいなくて、困ることあるの?」

わたしは、特に何も答えなかった。
いなくなって困る人は少ないけど、友達ってそんなもんじゃないのか?

「俺は、もしあの子が俺に助けを求めてきても、多分何もしてやれないと思う。てかしない」

ハリーさんか五年間彼女といて、彼女の事をどう思っていたかは、よく分からない。
彼女に対する、彼の気持ちは、彼女の話の中でしか聞いた事がなかったから。

だからわたしは彼の事が怖かったんだと思う。

彼女の話の中の彼は、とても冷たくて、それ絶対好かれてないよって、アドバイスするくらいひどい男のイメージだったから。

いつだったかその事を話すと、彼は

「あぁ、俺ね基本的に女は褒めて伸ばすんだけど、マオの場合は厳しくしてみたんだ」

彼はまるで、なんでもなかったように言う。

「そしたらさ、厳しくするのは失敗だなって思った」

失敗…。
わたしは当時、マオがハリーさん絡みで、泣きはしなかったもののかなり頭を悩ませていたのを知っていたから、その話しを彼から聞いた時に、なんともいえない気持ちになった。

この人は、本気で女を好きになって、みっともない想いをした事がないのかな。

彼と一緒にいるのが楽な理由。

わたしは彼の、冷静でいいかげんで、女の事ならだいたい知ってるよっていうスタンスが、居心地がいいんだと思う。

その日の勘定はわたしが出した。
いつも出してくれてるからたまには…と言って。
ハリーさんは、おおげさに喜んでいた。


「ハリーさん、今日はもう帰ります?」
乗り換えの駅が近づいたところで、珍しくわたしから彼を誘ってみた。

彼は
「じゃあ泊まる?」
と、カラオケ行く?みたいなノリで言ってきた。

こうゆう所もわたしは気に入ってた。

途中下車して、わたしたちは幾分、人が少なくなった街に向かった。


見慣れた町並みを、ハリーさんと肩を並べて歩いた。

繁華街に差し掛かったところで、ハリーさんがつぶやく。

「人、少なくなったよね」

今の時間は夜の12時を回っている。
人が少なくても、おかしくない時間ではあった。

「俺が若い頃って、このあたりはもっと人がたくさんうろうろしてた気がする」


そんな事を言いながら、今夜泊まるところを探した。

彼とこのあたりにくるのは、今日で何度目だろう。
ホテル選びは、大抵彼に任せるのだが、最終決定は
いつもわたしだった。

適当に3件ほどホテルに入り、空いてる部屋を見比べた。

今日は、ゆっくりと眠りたかったので、できるだけ普通の部屋を選ぶことにした。



こういったホテルに初めて入ったのは、
たしか24歳だった。
初めこそ緊張したものだか、今となっては
受付窓口が人間だとしても、なんとも思わなくなった。
慣れとは怖いものだ。


部屋に入ると、ハリーさんは着ていたスーツを脱ぐと
さっさとバスローブに着替え、お風呂場に行った。

わたしはというと、ベッド上の有線チャンネルで好きな曲を探していた。
ジャンルをHouseにすると、聞きなれた感じの音楽が流れてきた。

今日は、実をいうとハリーさんの家に行って見たかったのだが。

居酒屋で飲んでいる時、その旨を彼に伝えると、
真顔で「やだ」
と言われた。

時間差で説得しようと思っても返ってくる答えは
やっぱり「やだ」の一言だった。

わたしは7年前に、ハリーさんの住んでいる部屋に行ったことがある。
もちろん、友達と、ハリーさんの友達の4人とだ。

随分とインパクトのある部屋だったから、今でも覚えている。
面白いことに、彼は大学生の時から今もその部屋に住んでいるのだ。

部屋に入れてくれない理由を、彼は
「もともと酷くちらかってるけど、大人としてあまりにも
 酷いちらかりようだし、後輩やら友達に散々部屋のことについて
 バカにされているので、あまり人を呼びたくないの」

と言った。
7年前のあの万年床の部屋は今はどんな状態になっているのだろう。

ベッドに横になってぼんやりしていると、彼がわたしの上に覆いかぶさってきた。

彼はわたしの着ていたバスローブをめくると、
へそのまわりをなぞりながら
「相変わらずお肌すべすべだね」
と言ってしばらくの間おなかまわりを手のひらでなでていた。

「ここ、どうしたの?」
そう言って、わたしの左胸下あたりを指差した。
一週間くらい前に、
毛穴が詰まって白くなっていたので、潰したら赤くなってしまったのだ。

わたしが

「にきび」

と言うと

「ああ、吹き出物ね」

と彼が意地悪く言いなおした。


お風呂にお湯が溜まったので、お風呂に
入ることにした。
ホテルの風呂場はやたらと広かった。

入浴剤を入れ、お互い向かい合った格好でお湯に浸かった。
「運動始めたんだっけ?」

ハリーさんはわたしのふくらはぎをつかみながら
そう言った。

「うん。加圧トレーニング。楽しいですよ」

「りさちゃんの体つきって、いいよね。太ってないのに
 ムチっとしててさ」

うわ、その台詞。
他の男の人も言ってたな。
相変わらずわたしの中で燻りつづける能天気な思い出。
一ヶ月ほど経過しているのだから、そろそろ
忘れ始めてもいいような気もするが。
しつこいわたしがそれを許さなかったんだろうな。

気を抜くと、いちいち思い出していた。
あの時あんな話しをしたとか。
一緒にお風呂に入ったこととか。
ベッドに入る前にどんなことをしたとか。

相手がハリーさんだったら、余計な事をしないので、
思い出さない。
今までの人だって、みんな余計な事はしなかったのにな。

あの人は、誰に対してもああいう態度なんだろうか。


ハリーさんとベッドに入って、その日初めてキスをして、
お互いの体をまさぐってる時、わたしはとても冷静だった。

ハリーさんは、程よく距離をとってくれるし、
程よくいいかげんな話をしてくれる。

だから、わたしはこうやって、時々会いたくなる。
それはセックスしたいとかじゃなくて、ただ純粋に、
自分が元気になりたいからだ。

彼といると元気が出る。
セックスはおまけみたいなものだった。


彼は、彼女ができない理由を
浮気ができなくなるから、彼女を作らない、
という。

わたしはそんな彼が嫌いではなかった。


友人の話の中でしか存在しなかったハリーさん。
実をいうと、わたしは彼にちょっと期待をしていた。

なんの期待かは、ここでは言えないのだけど。
2回目に寝たときにはっきり分かった。

気持ちがないと、やっぱり駄目だね、ということだ。
それでも、その日は一人で寝たくなかったんだと思う。

かと言って、わたしは彼に対して決して甘えた態度を
とったりはしない。

故意にしないのではなくて、できないのだ。
わたしは多分、気持ちのある相手じゃないと、
甘えられない。

これが、最近分かったことだった。

ハウスミュージックに飽きたわたしは、
90年代J-PОPにチャンネルを合わせた。

trfが流れた。90年代はやっぱり小室ファミリーなんだな。
わたしはしばらくの間、90年代を懐かしく思い出しながら聞いていた。

「この曲誰だっけ?」

音楽を滅多に聴かないというハリーさんが尋ねてきた。
その時かかってた曲は、UAの情熱という歌だった。

「UAの情熱ですよ」
「ああ、いるよね、そうゆう人。てかりさちゃんよく分かんね」


寝る前にわたしはいつもの錠剤を飲んだ。
横にきたハリーさんが、「俺も飲みたい」と心にもないことを言う。

「これ、普通の人が飲んだら動けなくなるらしいですよ?」

彼は興味なさそうにうなずくとふとんをかぶった。
わたしは部屋を真っ暗にして、ふとんに入り、ゆっくりと眠った。




朝、わたし達はホームでバイバイをした。

彼は電車の扉が閉まるまで、手を振ってくれた。
決して、笑ってはいないけど。

冷たいんだか、やさしいんだか、よく分からない。

でもこの人は、きっとわたしから頻繁に電話やメールがあったら、
めんどくさいと思うんだろうな。

彼はそういう人だから。

わたしは適切な距離を持って、彼に接している。


友達が好きだった人 2011年3月の話